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コーポラティブ住宅の先駆け、都住創(都市住宅を自分たちの手で創る会)プロジェクトを安原秀氏と立ち上げ都会回帰を唱え続け、世界の都市住宅と日本の都市住宅の差を縮めるべく奔走した。
しかし、多くの都住創がバブル期の真っ只中であり、ただでさえハイグレードなイメージのものなのに、今となればお金の使い方などよくわからない点も多い。
それが面白みの無かった、当時の住宅事情を変えた事は間違いなく、現在も都住創の建物はある種の異彩をはなっている。
特に初期の都住創は、色々なところに窓があり側壁に入居者のイニシャルやイラストデザインが描かれているものがあるなど、遊び心に富んでいて当時の時代背景を感じさせる。
1975年から都住創に取り掛かり、第一号の松屋町住宅に居をかまえるが2001年にお亡くなりになり、それ以降ヘキサのプロジェクトを耳にすることがなくなってしまった。 |
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